日々の徒然日記とベジタリアンレシピ


by iidayako

ベジタリアンの憂鬱

8月はおつきあいも多く
外食する日もけっこうありました。
外で食べるときは
なかなかお野菜だけというわけにはいかないもの。。。

ふつうに居酒屋さんやレストランに行ってみると
肉魚乳卵チーズなどを使っていない料理を探すのは
実はとても大変です。

ほぼすべての料理に
なんらかの動物由来成分がふくまれているんじゃないかなあ。
一見分からなくても
かつおだしだったりもしますしね。


わたしはもともとあまり太っている方ではないし、
なんとなく玄米菜食を実践しているうちに
さらにやせてきた
というのもあって、
果たして植物性のものだけを食べていて
ちゃんと栄養がとれているのだろうかと
かなり心配になった時期がありました。

だんなさんも結婚して幸せ太りするどころかやせてしまって
奥さんちゃんと料理してるの?
みたいな周囲の反応もありましたし。。。

自分的にはすこぶる元気で快調なのですが、
そんなこともあって
人には玄米菜食していることはあまり言いたくない
という気持ちが強かったです。

さいしょのうちは、最近試しにお肉抜いてるんだーなんて言うと、
やせすぎだよーーー!
もっと肉食べなよーーー!
とか言われ、
私の取り皿にだけお肉てんこもりにされたりしていました。

その頃は私自身もネタにして
そうなのーだからやせちゃったのー
と返して楽しんだりしていました。

外ではふつうにみんなと同じように食べていたので
わざわざ人に言うことも少なかったです。


でもだんだんお家での食生活になれてくると
外食した次の日は身体がだるく、
異物を体内に取り込んだような
重たい感覚になるようになってきました。

それと同時に栄養の観点から菜食について調べ始め、
ベジタリアンやビーガンの人たちがそうなった経緯や
彼らの哲学的理念について多く目にするようになりました。

はじめはただ健康に良さそうだし、
なんとなく自分の身体にしっくりくる
というのが理由ではじめた玄米菜食が
 動物愛護や環境保護
といったものと結びついてくるようになったのです。

身体や心もお肉に拒否反応を示すようになってきて、
近頃はそういった製品を口にすることが
苦痛とさえ思うようになってきてしまったのです。

でもいちいち菜食主義です
と公言したくもないし
そこまでストイックになりすぎると
難しいことも出てきます。

お友達と外でご飯を食べながらいろんな話をするというのは
私の楽しみのひとつですし、
みんなに自分の食生活について話してしまうと
いろいろ気を使わせてしまうと思うからです。

だから最近はなるべくお茶の時間に会うようにしたり、
さりげなくビーガンのカフェなどをチェックして
そこに行ってごはんをしたり、
大皿のときは控えめに取り分けたりするようになりました。

これからどのように玄米菜食を続けていくか
子供ができたり
およばれしたり
いろいろな状況の中で
また変わっていくこともあるかもしれません。

それでも、お肉を食べていたときは
ベジタリアンをすごく特殊で風変わりなイメージでとらえていたのが
不思議なもので自分がベジタリアンになると
それが人としてすごく当たり前の食生活のような気がしてくるのです。

肉汁のしたたるお肉においしそー!
と思ったりすることはもうないし
きれいに着飾った女の人が
肉のかたまりにかぶりついているのを見たりすると
なんとなくおかしいぞ!
と感じてしまうのです。

でもきっと一番大事なのは
動物であれ植物であれ
命をいただいて自分たちは生きているんだ
という意識を持つことでしょうね。

犠牲になった命があり
それを育んだ大地と
太陽の恵みがあって
私たちは生かされているんです。

誰かが自分たちの代わりにとってきてくれたお肉を
食べているということに
自分は無縁ではないのです。

ほんとに難しい問題ですし、
目を背けたくなるような現実もたくさんあります。

でも感謝の気持ちを持ってご飯をいただくということだけは
忘れないでいたいですね。
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by iidayako | 2009-09-08 12:31 | あれこれ